旅行新聞新社旬刊旅行新聞2017年7月1日号掲載
インタビュアー/増田編集長
来年で創業30年になります。1988年に渡米し、ロサンゼルスでインバウンド専門のエレファントツアーを立ち上げました。日本にいた頃は、私は大学で芸術学部音楽学科作曲専攻に在籍していたので、78年に友人3人と、音楽専門書の出版社を立ち上げ、編集者として働いていました。しかし、その当時のクラシック人口は日本全国で100万人程度と、とても小さなマーケットだったので、もっと大きなマーケットで勝負したいと考えていました。
当時、主に五線紙を扱っていましたが、海外旅行がブームになってきた時代でもあったので、しばしば旅行ガイドブックの編集依頼も受けていました。ガイドブックの素材集めのために海外に飛び歩いている間に旅行業界に興味を持ち、〝ツーリズムに生涯をかける〟と一大決心しました。
当時、現地のオプショナルツアーには、主催旅行会社のパッケージ旅行利用客でない限り、参加することができなかったので、現地に住む友人などを訪ね個人旅行で来た人は「せっかくロサンゼルスを訪れたのに、つまらなかった」という印象を持って多くの日本人が帰国して行きました。私は、ロサンゼルスには多くの魅力あふれるアクティビティがあるのに知ってもらえないのはもったいないと感じていました。そこで受け入れ環境がないのならば、その環境を作ればいいと考え、現地で、誰でも参加できる日本語オプショナルツアーを始めました。 創業当初は、このようなビジネスモデルは存在していなかったため、好調でしたが、徐々に既存の旅行会社との摩擦が出てきました。それならば違うマーケットを狙おうと、現地に駐在しているファミリー層や中心地から離れたホテルに滞在する観光客をターゲットにすることにしました。バブルの絶頂期でもあり駐在ファミリーが日本からどんどん訪れていた時代でした。 もともと私自身が旅行業界の出身ではないため、大口クライアントを掴むことができず、FIT(個人旅行客)を中心にクチコミでファンを増やして行きました。例えば、駐在員の奥様や子供たちは、日本人同士の交流が中心で、子供たちも日本語学校に通っています。日本語でのツアーは、彼らにたいへん好評を博しました。最初は好意的でなかった日系旅行会社も、新しいマーケットを発掘した私たちの仕事を認めてくれ、今では日本で最大級の旅行会社からコンスタントに仕事をいただくまでの関係になりました。
日系の旅行会社の約9割が縮小や倒産に追い込まれました。エレファントツアーはもともとFITを主な顧客層として事業展開をしていたため、団体旅行による大きなキャンセルがなかったのは幸運でした。
学生時代作曲を専攻していたことや、当地は映画の都であることから映像に携わる仲間がたくさんいたことなどの理由で、渡米後すぐ映像制作に興味を持つようになりました。その頃はまだアナログの時代でしたが、ハリウッド映画業界で活躍する友人たちのおかげで上手にデジタルの波に乗れたのも幸いでした。カリフォルニア州はもちろん、近隣の州政府観光局からも撮影依頼が入るようになり、広大なアメリカでは3~4年ほど前からドローンが活躍するシーンも多かったと記憶しています。
6年ほど前からは、日系のテレビ局で日本語視聴者向けの旅行番組「GO WEST」を製作しています。観光局の協力を得ながら、実用的な観光情報を提供しているのが特徴です。取材の際に心掛けていることは、地元の人たちにも積極的に声を掛け、テンポ感やストーリー性を感じられる番組づくりを行っています。せっかくなら雄大な景色はより感動的に、美味しいものはより美味しそうに撮りたいではありませんか。 このような経験のなかで、エレファントツアーも人材が育ってきたので、本格的に音楽や映像をツーリズムの集客に活かしたいと思うようになり、旅行の現場は創設当初からいるマネージャーに任せ、映像の世界に全力投球できるようシフトしていきました。
3―4年前から、ロッキーマウンテンに咲くワイルドフラワー、バリ島の世界遺産、瀬戸内海の島々を空撮してほしいと、観光局や大手旅行会社さんから依頼を受けるようになりました。アメリカでドローンを使うようになったのはここ4年くらいです。そしてこの2年くらいで技術的な革新を遂げ、ドローン撮影の幅は格段に広がりました。
生意気な言い方かもしれませんが、日本のホテルや旅館、そして観光地のプロモーション映像を見ていると、その土地の魅力があまり表現できていなく残念に思うことがあります。30年前に渡米したときに、「ロサンゼルスにはこんなに魅力的なアクティビティがあるのに日本マーケットに上手く宣伝できていなくてもったいない」と感じたのと全く同じで、人生の半分をアメリカで過ごした自分には、日本の良さが日本に住んでいる日本人以上に魅力的に映っています。そしてそれをどうにかして海外に伝えたいと強く思うのです。ホテル・旅館での体験をストーリー化したり、女将1人にスポットを当て、その人物を追う新しい形の映像表現があるような気がします。 私は長年日本を離れているからこそ、日本には、四季折々の美しい景色があることや、旅行者のお腹と心を満たす食事がその土地によって大きな特徴があるということなど、異なる視点から日本の魅力に気づくのだと思います。私よりカメラの上手い人はたくさんいます。私より編集技術を持つ人もたくさんいます。でも、学生時代からのバックグランド、アメリカでインバウンド業界に身を置いた半生、業界の人脈、そして広大な土地でドローンを使った豊富な空撮経験。これだけの条件が揃っている人間はそれほどいないだろうと思うと、日本のツーリズム・インバウンドに貢献する映像制作は、私の使命だと感じているのです。